やっぱり細切れではなく、きちんとストーリーとして投稿ができるとすごい達成感がある。
次はどの旅を投稿しようかな。
ところで、私の投稿は文章が長いものが結構あります。
読んでいる人も、読んでいない人もいると思うけれど、わたしはそれでいいと思ってる。
旅のガイドが必要な時に、「そういやゆりが詳しく書いてたな」と思い出してくれたら十分。
日々効率ばかり考えている反動かしら、自由な場所ではたくさんやりたい。感情の丈を余すところなく。全部伝えたい!
表現することは、自由だと思う。私はそう思う。
自分が納得できる写真と文章でいいと思う。自分が好きな写真と好きな言葉を連ねればいいと思う。
もちろんフォロワーを増やしたくてがんばりたい人ががんばるのも、自由。
それも含めて自由。
その人の心の中にあるものに正解不正解なんてないし、その是非を問うことにあまり意味がない。私はそう思う。
自由に舵を切ると自分らしさが生まれると思う。
その自分らしいというコンテンツが、私はもっとも尊いものだと思う。
みんなも、自分のオリジナルのエッジを高めていってください。
自分という人間は一人しかいません。
その「自分」という最高のオリジナルを誇りに思ってください。
世界で一つしかないものを作って発信すれば、必ず、とても重要な価値付けをしてもらえますから。
堀江さんが言っていましたよ。
「個性とは、あなたが何かをやりたいと思う気持ち」
本当は、表現だけでなく、すべてのことをそうしたいと思いつつ。
夏の終わりに。
(旅行期間:2017年4月27日~5月8日)
]]>あのくだらない日々をもう一度。
沖縄と言えば、きれいな海と、毎晩酔いどれている記憶ばかりです。笑
那覇の名物バックパッカー宿、月光荘。
女子も輩もなかなかの猛者ばかり。お祭り大好き、音楽大好き、女の子大好き、本能がネコまっしぐら。(下北と似てるじゃないか)
朝起きたら、ゆんたくで既に瓶ビールが空いていて、ちょっと撮影して帰ってきたら、瓶ビールがプラス10本くらい空いていて、「あれこれはミネラルウォーターかな?」くらいの気分でビールが空いてゆく。
みんなの褐色の肌は、日焼けか肝臓が悪いのか。
最初に泊まったのは2015年。私は誕生日の頃が連休なので、その年は沖縄に来てた。
たまたま宿で知り合ったお客さんがケーキを用意してくれて、春ちゃんがバーナーでろうそくつけてみんなと歌ってくれた。
それ以来、この宿には恩も愛もある。
この2017年5月ごろの月光荘は、長年みんなに愛されに愛されてきた名物スタッフのはるちゃんと大ちゃんが卒業し、おじーとでーすけがジョイン。
えちゃんぬが台湾の月光荘に行っていて、私が泊まった日がちょうどヒデのラストデイ。
ヒデのラスト卒業ナイトはテキーラナイト記憶全くないナイトでした。(写真はいっぱい残ってるw)
常連のファンが多かった春ちゃんが卒業するって聞いた時は、正直どうなるんだろうと思った。
けれど、おじーもでーすけもなかなか強烈で、お客さんも相変わらずで、スタッフが変わろうとも、月光荘というカルチャーは永遠だなと思ったのを覚えてる。
何より、ともさん(オーナー)が一人一人のゲストを大事にしているのが、本当によく見えた。
純粋な優しさが溢れてた。
月光荘のゆんたくは、いつも自由な空気が流れていて、歌ったり踊ったり寝転んだりしながらそのまま飲み続けて、みんなでご飯食べて、夜が深くなってきたら居酒屋つきのわで。
飲んで飲んで飲まれて飲んで、這うようにベッドに戻り、泥のように眠る。
沖縄に行くとお酒強くなるんだけど、あれ何なのかしら。
代謝が上がるのかしら、それとも飲みすぎて鍛えられるのかしら。
夜に散歩に出たら、旅する写真家のこーきがストリートで写真を撮っていて、「相変わらずチャレンジしているな」と思う。(当時は23歳くらいだっかな)
「おーーーゆりさん!!!」と満面の笑みで話しかけてくる彼と少し話し、一番気に入った写真を買う。
彼の素晴らしい笑顔は、必ず彼を救う。どんな時も。
だから勇気を持って、なんでもチャレンジしてほしいと、心から思う。
沖縄は「人」の思い出が本当に多い。
沖縄コミュニティではいろんなことがあったけれど(惚れた腫れた切った張った系)、色々面倒なこともあったそんなことすら、本当にいい思い出。
しばらく行ってないけど、また行ったら、同じように遊びたいな。遊んでくれるかな、みんな。
あの最高にくだらなくて、不健康で、笑いに満ちた日々をもう一度。
(旅行期間:2017年4月27日~5月8日)
]]>牧志公設市場の周囲には、昭和ムード満点のアーケード商店街がいくつかあります。
写真が好きな人だったら、このあたりをぐるぐるするだけでも面白いと思うし、撮影ネタ満載だと思う。
そんな私も写真を撮りながらプラプラ。
沖縄ならではの独特な食品を眺めたり、安い立ち飲みにビビったり、路地を見つけては体を滑らせて入り込み、いろんな人に声をかけられちょっと話し、旅の終わりをまったりと過ごす。
「それ売れるんかい」という商品が並ぶリサイクルショップに立ち止まり、写真を撮っていると、店の奥からおばぁが出てきて「いっぱい撮っていいよー」といいながら、商品一つ一つのエピソードを語ってくれる。
ついでに、隣の店のおじぃも出てきて、「写真撮ってよ」と言う。
見てよこのツーショットと、その後ろに写り込む生活感。全てが愛しくて美しいと思っちゃう。
美しさとは、魅力とは、条件や外観ではなく、溢れ出る人間味によるものだと再認識する。
おばぁと、「写真プリントして持ってくるね」と約束した。
おじぃに、「次にきた時はデートだ」と無理やり約束させられ(笑)、なぜか約束の証に野菜ジュースをもらう。
いい二人だったな。
どこの誰だかより、どんな人か。
旅先の出会いで知るのは、人間は本来すべて美しいのだということ。
(旅行期間:2017年4月27日~5月8日)
]]>短い夏に風邪を二回も、しかも長くひいてしまって何だかもったいない。
さて、夏の終わりと共に、沖縄の投稿もあと少しです。
今回長いです。
那覇の陽気なバックパッカーとの宴の夜を越え、何度目かの南部へ向かいます。
那覇の中心部から南下し、南城市、糸満市に出てくると、歴史の遺産、戦争の遺産が多く点在します。
沖縄本島の南の方は、海流が交わる東シナ海のマリンブルーとディープブルーの海、ダイバーたちに人気が高く”座間味ブルー””慶良間ブルー”などと形容される慶良間諸島の海が見えます。
那覇からは路線バスがあり、南城市、糸満市と続けて観光することができるので、この周辺はセットで1日ゆっくりと回って欲しいですね。
ただしバスの場合、日中は時間によって2時間に1本しかないので、時間の管理と、行き先の組み立てが結構大事。
そうやって強制的にゆっくりと動く時間ができる、というのも沖縄旅の良さかも知れない。(暑いけど)
南城市には、古くから神聖な場所として崇められてきた「斎場御嶽(せいふぁうたき)」や、うつしい鍾乳洞が有名な「玉泉洞(ぎょくせんどう)」があります。
斎場御嶽の最深部にある大きな岩のアーチから見える久高島は、神様のいる島として、古くから畏怖の存在とされてきました。
糸満市には、沖縄戦で亡くなった学徒隊のための慰霊碑や、激しい地上戦のあった場所や、現地の人たちが多く自決した場所に慰霊塔が建てられています。
最後の最後まで地上戦が続いたのが、沖縄の南部だったからです。
10代の少女たちで結成された学徒隊の碑として有名な「ひめゆりの塔」や「白梅の塔」、広大な敷地に設けられた「平和祈念公園」などが主なコースになると思います。 (結構ズシンとくるので、一気にまわると辛い人もいるかもしれない)
平和祈念公園は沖縄地上戦終焉の地として知られる、「摩文仁の丘(まぶにのおか)」を中心に広がっています。
とても広大で空の広い場所。
敷地内には師範学校の少年学徒隊の慰霊碑、沖縄師範健児の塔など、多くの慰霊碑・慰霊塔が点在します。
ここで長い時間祈っている老夫婦がいて、とても深い思い入れを感じました。
また全国都道府県の名前で、戦争でなくなった人たちを弔う慰霊塔が建てられています。
最も多くの自決者を出したと言われる最南端の岬、喜屋武岬(きやんみさき)もすぐ近くにあります。
海からの砲撃と、陸からの米軍隊の接近により、挟み撃ちにあい、ほぼ民間人で結成された沖縄戦最後の日本軍隊、数隊が全滅。
たった1つ残った隊と共に南下した住民の多くが、手榴弾や飛び降りにより自決したと言われています。
美しい海が望める、南部の海岸線は、南へ南へ、海へ向かって逃げて、行き場がなくなって亡くなった人たちの場所でもあります。
それを想って、ここへくるのと、来ないのとでは全く印象や、気持ちの異なる場所だと思います。
「楽しい沖縄もいいけれど、歴史もぜひ勉強をしてほしい」
そう言ってくれた旅の仲間に感謝。
沖縄の戦争のことを勉強して、知って、大人になれることをありがたいと思う。
私も、少しでもこれを読む人が沖縄を知るきっかけになればいいなと思います。
(旅行期間:2017年4月27日~5月8日)
]]>沖縄は11月頭くらいまで半袖でいけるしね。
夏は長くていいと思う!
さて、那覇に戻ってきました。那覇の熱気はアジアの匂い。
那覇一番の歓楽街である国際通りで、夜の散歩をするのが大好き。
ネオンとお土産とドンキホーテとバイク・・・とにかく騒がしくて、面白くて、色鮮やかな街。
通りの中心くらい、すでに閉まったお店の前で二胡を弾く人に会いました。
蒸して空気が肌にまとわりつくような中、涼しげで神秘的な音に癒される。
那覇は、ゆいれーるの県庁前駅から牧志駅あたりまで伸びる国際通りが、観光地としても有名で、そこだけで観光が終わってしまう人もいるけれど、那覇の面白さ侮るなかれ。
少し行けば、昭和の匂いが残るアーケード商店街があり、那覇の台所たる大きな公設市場があり、のんびり夕日が眺められるような港(那覇港)があり、
裏路地を入れば古い家屋を再利用したカフェやショップ、有機野菜のレストランがあり、内観がサクラダファミリアのような美術館があったり、県庁から那覇の街を眺めることもできて、
那覇だけでも3日くらいは遊べます。
沖縄に行ったら離島もいいけど、
何回か行くうちに、
那覇があるから離島が面白くて、離島があるから那覇が面白いことに気づいてもらえると思います。
(旅行期間 2017年4月27日〜5月8日)
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まあるい楕円の葉っぱがついた、背の高い樹木は、海辺の地域にとっては暴風の役割を果たし、そして暑い日差しを避ける長い日陰を作る貴重な存在の木でもあります。(集落のおばぁが教えてくれた)
ここは静かな住宅地だったので、写真を撮るのは数枚にし、ゆっくりと結家の女将と散歩を楽しみながら、色んな話をした。
同じ時期の滞在中に、備瀬のフクギ並木も行きました。ここはCMに使われて有名になり、さらに美ら海水族館にも近いので、観光客が増えているスポット。
ベースは住宅地なのなのですが、露店が出ていたり、観光用のカートがあったり、レンタサイクルがあったりと、しっかりと観光地化されていたのに驚き。駐車場もあるので、家族で行くなら備瀬の方がいいかも。
デートやのんびりと沖縄の風を感じにいくなら、静かな今泊の方がおすすめだけど、毎日の普通の営みのある住宅地なので、現地の方に敬意を払って、大騒ぎはせず、丁寧に時間を過ごしてね。
(旅行期間 2017年4月27日〜5月8日)
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離島へ行くときは、離島から那覇に戻り、一気に北上して今帰仁へ行くことが多い。
那覇は離島に比べると圧倒的に都会なので、離島のんびりムードから徐々に都会ペースに変えたい時は、スケジュールに今帰仁を挟むのがちょうどいい。
今帰仁村(なきじんそん)は、沖縄県北部、名護市の西側にぽこっと出ている本部半島の北側にある村です。
ちゅらうみ水族館に近いので、高速バス、路線バスもまだまだちゃんとあるエリア。
名護市以降に広がるやんばる(山原)の森林地帯に近く、ちょっと車で走ればジャングルのような”未開の地”感溢れる景色に出会えます。
私が沖縄でよく使うゲストハウスは、今帰仁の結家(むすびや)。個室が充実しているので、家族やカップル、友達同士の宿泊客も多いところ。
最近、奥間ビーチの近くに「やんばるホステル」というかなりおしゃれな一棟リノベーションホステルができました。東京の人気ホステルような立派な施設で。
でもきっと、沖縄に来たら多少の不自由がある方が面白いので、わたしはまた結家に泊まると思います。
自由はお金で買えるけど、不自由はお金じゃ買えないからね。
結家の近くには、手つかずの自然のままのきれいなビーチがいくつかあり、宿の目の前を降りてすぐエントリーできるスポットもあります。
魚にも多く会えるからと、海が好きな常連さんは一日中泳いでいます。
泊まる人の中には、「なんにもしない」をしに来ている人、その日その日で気ままに宿泊者どうしで遊びに行く人もいるし、ひたすら三線の練習をする人もいる。
連泊の人が多く、清掃時間だからと言って宿を締め出されることもないので、いつもゆんたくには人がいます。
何をしてもいいし、しなくてもいい、そんな過ごし方の宿です。
(旅行期間 2017年4月27日〜5月8日)
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ところで、
みなさんは、自分の仕事で自分のことを幸せにできてますか?
仕事について考えるとき、あるエッセイストの方の言葉を思い出します。
「人のためになることで、自分が幸せになることを生涯の仕事にする」
ずっと、自分のやりたいことを仕事にしている人と自分は、違う世界の人間だと思ってました。
けれど、最近なんだかそういう人が周りに増えてきたように思うんですよね。
一通り、死にそうにがんばった20代、キャリアや収入って本質的に何なのかを考えた30代を生きてみて、そろそろ本来の自分を歩きたくなってきた人たち。
「そもそも、好きじゃないことを仕事にするなんてありえない」と素直考えることができる若者たち。
誰かのために働く、何かのために仕事を決めるって、もしかしたら他責なのかなと思う。
働くことの責任の所在が自分にないというか。
自分のために働くというのは、わがままなのではなくて自責。
そう考えた時、
「人のためになることで、自分が幸せになること」
がもっと響くようになった。
これをヒントに、青臭くも、これまで変にこだわっていたことを本気で手放そうかと思う近頃です。
(旅行期間 2017年4月27日〜5月8日)
]]>本島へ戻って、今帰仁村を目指して北上。
途中で、読谷村のゲストハウスに宿泊。この時は、いつもの「月と海」よりもう少し海に近い「LIFE IS A JOURNEY」に泊まりました。
宿の前は大きな干潟。夕陽が鏡面になって、とても美しい景色。
このゲストハウスで働いていた友人は、「考え事をするのにいい場所」と言っていた。
読谷村は、日本で一番人口が多い村。生活の機能がちゃんとあって移住者も多い。
読谷村~恩納村の海岸線は、ダイビングのスポットや美しいビーチが多く、観光客で賑わいます。
青の洞窟(本島の)で有名な真栄田岬、万座毛周辺など海が綺麗なのは有名ですが、さらに58号線を北上するこの本島の西側エリアは、どこも夕陽がきれい。サンセットビーチとしても人気のエリア。
読谷村には沖縄本島で一番最後に夕陽が沈む場所、残波岬があります。
もう何度目かわからない残波岬の夕陽チャレンジは、今回も曇り空。
実は沖縄本島は、晴れの日より、曇りと雨を足した日の方が多いのです。
いつか本当に自分が納得できる残波岬を撮りたい。
読谷村の観光は、白浜と夕陽が美しいビーチのほか、琉球王朝時代の遺跡として有名な座喜味城跡(世界遺産)、やちむん(焼き物)の窯が集まった「やちむんの里」があります。
そして戦争遺産として遺されている、”シムクガマ””チビチリガマ”があります。
”ガマ”とは、米軍が沖縄西側に上陸したあとの地上戦の際、住民が身を隠す場所として使っていた場所。洞窟の入り口のような大きな洞穴で、自然の地形を生かしてつくられた避難所です。
雰囲気に圧倒され撮るのが憚られたので、写真はないのですが、説明のボードの写真を掲載しておきますね。
ここ読谷村でも多くの方が戦争で亡くなっています。
また、ここは沖縄本島最大の米軍基地である嘉手納基地(嘉手納飛行場、嘉手納弾薬庫地区など一帯)にも一部隣接。弾薬庫がある森林地帯は、58号線を挟んですぐ隣にあり、トリイ通信施設は村の入り口にあります。
番所の観光案内所のおばちゃんに、「夜歩きは絶対にいけない」と言われたのを覚えています。
ゲストハウスのオーナーは「沖縄は基地経済なんて嘘」と話していました。宿では毎日何度も、航空機の轟音が聞こえて、屋内にいる目の前の人の声が全く聞こえないほど。
那覇から58号線(高速じゃない方)をバスで北上していると、
浦添市(キャンプ・キンザー)→宜野湾市(普天間基地、キャンプフォスター)→北谷町(キャンプフォスター)→嘉手納町(嘉手納基地)→読谷村(嘉手納弾薬庫地区、トリイ通信施設)とずーっと基地の景色がある。
その数とそれぞれの広大さには本当に驚きます。
そして、こういう景色が東側にもある。沖縄は小さい島なのに。こんなにも。
(沖縄の主な基地→https://bit.ly/2Xchi3e)
米軍基地問題については、一言で言えない複雑さがあると思いますが、ただ私は、もうこれ以上沖縄の人から沖縄を奪わないでほしいと思う。
沖縄の島と海は、沖縄のものだよ。
「人が人でなくなるのが戦争」というフレーズをよく聞くけれど、人は人だと私は思う。
人にも悪はある。人が全て善良なわけではない
けれど高度な知能をもった生き物人間には理性がある。それによって、制御されている悪意があると思う。
その理性が崩壊して、悪が増大するのが戦争(や犯罪)なんだと、私は思う。
そして、もう一つ、「人ではなくなる」のは、人が人として扱われなくなる(ひと一人の命が軽く扱われる)、そういう意味もあると思う。
楽しいばっかりの投稿じゃなくって、ごめんなさい。ただ、沖縄を話すときに戦争のことはどうしても出てくる。それだけ目に触れる機会が多い。どこに行っても。
みんなを癒している美しい沖縄。その沖縄は、まだ癒えない深い傷を負ってる。
さて、この後はさらに北上してやんばるの地、今帰仁村を目指しますよ。
フクギ並木、今帰仁の海と夕陽がとても綺麗でした。
(旅行期間 2017年4月27日〜5月8日)
]]>わたし史上最悪のオーバーブッキング(による寝床不足)を経験し、常連さんの何やらよく分からない慣習に頭をひねりながらも、海が綺麗なので全て良しとします!沖縄はねー、予測不能なことが多々あります。笑
波照間二日目も快晴。
波照間の海でもこんなに綺麗なのはなかなか無いそう。
「ここしばらく船が出ず、お客さんが島に来なかったので海が綺麗なんだよー」
と売店の人が教えてくれました。
海でじゃぶじゃぶ遊んで、かき氷食べて、あてもなく自転車漕いで、たまにお店を見つけては入ってみて。
フエリー乗り場の堤防を登って走ってみたり。
目的のない、贅沢な時間。全身に酸素がやっと巡るような気持ち良さ。
日本有数の天文台があり、国内ではサザンクロス(南十字星)が見える貴重な場所として有名な波照間島。
初日は酔っ払いすぎてよく覚えていませんが、翌日の夜はきれいに南十字星を確認することができました。
星空は、本当に綺麗だった。空が球体の内側のようにまぁるくて、全方位で星がきらめいてた。
最終日も晴れ!
実は、この日以降また天候が悪くなったので、本当にラッキーなタイミングでした。
波照間島のフェリー乗り場でみんなで沖縄そば食べて、素晴らしい旅だったことを振り返る。失敗も奇跡も全部笑い話にして。
石垣島へ帰り、再びえみっくすに泊まり、お客さんと石垣の飲み屋街で記憶なくなるまで呑んで、その翌日には石垣島から本島へ。
バイバイ八重山。やっぱりすっごい美しい場所だった!
さて、本島!呑むぞーーーーー!!!!!
(旅行期間 2017年4月27日〜5月8日)
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